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樹木診断&治療事例
VOL.1 苦しくて悲鳴を上げるソメイヨシノ
古いサクラの木が10年間かけて枯れてきたというご相談がありました。
確かに写真の左上は、葉がなくて枯れています。
もともとは今の2倍の高さがあったが、枯れた枝を切っているので、徐々に小さくなってきているようです。
同時に春の花も少なくなってきたということでした。
近づいてみると、太い幹がボロボロに腐って剥がれ落ちているではありませんか。
見るも痛々しい状態です。重体といわざるをえません。
それにしても、なぜ、ここまで痛んでしまったのでしょうか。
聞き取りや土を掘って根を観察するなどの調査をします。
このサクラは10年位前に他の場所から移植されてきたようです。根を観てみると、太い根がたくさん切られていましたので、移植のときに切ったのでしょう。
その後、生長していないので根の切り口から腐ってきているようです。
土は、砂地で乾燥し、万年水不足といった感じでしょうか。
ソメイヨシノは乾燥気味の砂地が生育環境としては適していますが、これだけ大きな木を移植して万年水不足となると、木にとっては辛い状況ですね。
さらに、根の切り口や枝の切り口から入った雑菌は、毎年少しずつ樹木の組織を腐らせて、このボロボロの腐った幹に至ったわけです。
このままだと、来年の夏は越せないかもしれません。もうぎりぎりのところにきて、悲鳴を上げている状態です。
この状態を整理すると
①土壌が乾燥しすぎて、根から水を上げることができない
②幹や枝が雑菌により腐ってきている
大きくこの2点になります。
次に、どういう状態にしたら良いか整理すると
①土壌に適量の保水性があり、たくさんの根が出て、そこから水と養分を吸い上げる
②これ以上腐らないように殺菌され、①で取り入れた養分をもとに幹を太らせ、傷口をふさいでいく
ということになりますね。
では、どうすればよいか、対策としては
①今の土に保水性がある土を混ぜて、養分を施し、定期的に灌水を行う。
②現在腐っている部分を取り除き、殺菌剤を塗布する。また、直射日光が幹を痛めないように包帯を巻く
ということになります。
左の写真は土壌の改良です。サクラの根を痛めないように周囲をぐるりと掘り下げて、4種類の土をいれました。
入れた土は、保水性の高い土と有機物をたくさん持つ土といつまでも固まらない土と養分を持っている土です。
こうすることによって、水持ちがよくて、微生物がどんどん活性化し養分を与え続け、いつまでもかたく固まらない土ができあがるのです。
右の写真は雑菌対策です。幹の腐っているところをきれいに削って、殺菌剤を塗布しました。
最終的には、サクラの力を高めて、自分の力で雑菌に打ち勝ってもらわなくてはならないのですが、今は力が弱いので、こうやって手助けしてやります。
雑菌対策のように外部に施術することを外科治療といいます。
左のように、樹木内の力を高めるために行う施術を内科治療といいます。
翌年、さっそく花を咲かせてくれました。何年ぶりの花でしょう。
まさに、生きているという鼓動を感じる瞬間です。
そして、たくさんの葉も茂りました。枝先までぎっしりと葉をつけています。
これで、たくさんの光合成をして、ますます元気を取り戻してくれることでしょう。
サクラは生育旺盛な樹木です。
クロマツのように一度いじけると取り戻すのにとても苦労する木もありますが、サクラは治療の結果がとてもはやく出やすい木です。
VOL.2 元気がなくなった巨木クスノキ
推定樹齢150年の巨木クスノキが数年で元気がなくなり心配とご相談がありました。
様子を見るとところどころにある太い枝の先に、葉がないところがあります。葉がない枝は、既に枯れてしまっている枝です。
ほんの6年前には、モリモリと葉を茂らせていた写真がありましたが、現在は葉の色も薄く、葉の大きさも小さく、葉の数も減ってしまっています。以前の半分以下の量になっている状態です。
150年生長してきたことから考えると、6年というわずかな時間でここまで衰退してしまっていることを考えると、この先は非常に心配です。
特に、ここ1年での衰退が激しかったようで、周囲からも心配の声が多く上がったようです。一般の方が目で見て、ハッキリと弱っていることが分かる状態になると、樹木としては既にかなり衰弱している状態になっていることがほとんどです。これから聞き取りと土壌調査によって、原因を探り回復する対策を検討します。
根元を調査すると、舗装の下に細い根が無数に見られます。これはこの大木としては異常な現象です。
これほどの大きさになると、根は斜め下に深く入り込むように生長しています。そして、10m以上先まで広範囲に伸びています。
それほど広くて深い根があるからこそ、このだけの巨体を支えることができますし、必要な水と養分を吸い上げることができるのです。
しかし、このように健全に根が伸長していれば、地表面に細い根を無数に出す必要はありません。
ではなぜ、この根は出てきているのでしょうか。
それは、土壌が固結し酸素濃度が少ないために、呼吸ができなくなったからです。必要な酸素は地表面に新たに根を伸ばしていかなければならないわけです。
つまり、この樹木の衰退原因は酸素不足の土壌にあるのです。
次に、どういう状態にしたら良いか整理すると
①根の地表面を覆っている固結舗装を取り除きます。
②既存土壌に空気を送るための掘削と通気性改良土壌を投入します。
③地表面をマルチングして乾燥を防ぎます。
固い地表を取り除き、新たに土壌を入れます。土壌は、物理的、生物的、化学的な視点で改良する材料を検討します。
物理的には、特に土壌自体が固結しない要素があり、小さな孔をたくさんもつ多孔質であることから水分を確保できる能力があるものを使用します。
生物的には、微生物を繁殖させるために、微生物の餌になる能力があるものを使用します。微生物が活発化すると、土壌がほぐれてやわらかくなり保水力と通気性が高まります。また、微生物は活動の中で窒素養分を作りだし、長期にわたり樹木の生長を助けます。
化学的には、樹木に必要な養分の多くが陽イオンであることから、電気的に陽イオンを結び付けて保肥力を高める能力があるものを使用します。また、酸度調整を行います。
このような検討により、クスノキ樹勢回復に最もふさわしい土壌改良材の組み合わせを決定します。
施術一年後、新しい葉が吹きました。色も濃ゆくなりました。クスノキは息を吹き返すとたくさんの休眠芽が吹きやすい体質ですので、今後モリモリと葉を増やしていくことができます。
最初の写真と比べると、たった1年でもかなり違うのが分かると思います。クスノキのようにすぐに結果が現れる木は、回復も早いですが、マツノキのように結果が遅い木もあります。
少しでも異変に気付いたら早く手を打つことをお勧めします。
木は変化が分かりにくいものです。毎日見ているとなお分かりづらいでしょう。
そこで、定期的なメンテナンスでもある施肥をお勧めしています。冬の寒肥です。
寒肥は単に栄養分を与えるだけでなく、根に空気を送るという大事な作業でもあります。毎年行う事で、樹勢維持にとても効果的です。
VOL.3 長年耐えてきた古木ヤマモモ
ヤマモモのメインツリーが衰退しているとご相談がありました。
様子を見ると幹が痛んでおり中は空洞でした。過去に治療の跡が見られます。白いセメントのようなもので蓋がされています。枝は重さに耐えられないと判断され支柱で支えられています。
この太さの幹だと、おそらく高さが今の3倍はあったと思われます。しかし、上部から徐々に枯れていき、また幹が腐朽菌により腐ってきたために、非常に低い高さになっています。
同時に枝の葉も年々減っていき、葉の色も悪く形も小さい状態です。
かなりの年月をかけてじわじわと衰弱していることがうかがえます。長年耐えてきた様子が痛々しく感じます。
何がこのヤマモモを苦しめているのか。その原因を調査し、適切な対策をしないと、衰弱を止めることはできません。
幹を調査すると、約半分は枯死しています。つまり、残り半分で水分をあげて生きています。既に治療はされていますが、腐った幹にセメントで蓋をする方法は古い方法です。現在は患部をなるべく乾燥させて、これ以上腐らないようにします。
本来であれば外科的治療として、幹に被さっているセメントを取り除いて腐った部分を切除しますが、ヤマモモの衰退度合いからこれ以上の負担を強いるのは避けます。
そこで、幹は可能な限り殺菌剤を塗布します。
土壌を調べると砂土でした。また、よく見ると半分ほどが30センチも土が高くなっています。何らかの理由で半分の範囲に砂土が盛られた経緯があるようです。
このような後で根の上に盛られた土は、根の酸素欠乏を招くので根が衰退する原因となります。
また、砂土は、水分保持力が低いため、恒常的に水分不足を招きます。
以上の原因で、恒常的水分不足により上部より枯死したことが分かります。
次に、どういう状態にしたら良いか整理すると
①幹の腐朽部分に殺菌消毒します。
②盛土部分を取り除きます。
③砂土に保水性の改良土を混入し、マルチングで乾燥を防ぎます。
盛土部分には親指程度の細根がたくさん下から上がってきています。これは、土中の酸素不足により、苦しくなったので、酸素を求めて地中から地上へ向けて根を伸長させた結果です。
つまり、何らかの理由で、後から盛土がされたことが分かります。
盛土を撤去すると、細根も同時に撤去することとなりますが、一時的な根の損傷よりも、恒常的な酸素不足の解消を優先します。
さらに、土中へ酸素を送り込むために、壺状に改良材を投入します。改良材は多孔質セラミックの土壌を使用し、物理的に通気性を高めます。
壺状に入れることで、既存の根を極力いためないようにしています。子の方法であれば、太い根があれば、そこは避けることが可能です。
仕上げはマルチングです。直射日光や風の影響で地上が乾燥するのを防ぎます。また、土壌微生物が少ない砂土に対して、マルチングは微生物の餌になります。
微生物が増えれば、砂土は徐々に改良されて団粒化していきます。つまり、山にあるホクホクとした土壌に変化します。
半年後、新芽がたくさん吹きました。これまで水分不足で苦しんできたのですが、根に酸素と水分が供給されてとても喜んでいる様子です。葉の色も鮮やかとなり、痛々しい様子も軽減されました。
新芽が出たということは、根が新しく発根して、沢山の水分を吸い上げることができた証拠です。発根はこれから増えますので、今後も葉が茂ってくれるでしょう。葉が茂ると光合成量が増えますから、体の生育維持に必要な糖分を合成することができます。
結果として、細胞が作られて、傷口を埋めるように盛り上がっていきます。
枝折れ等でできた傷は、そうやって細胞が作られて埋めていきます。外からの菌などの衰退原因をそうやって樹木は自己防衛しています。
その防衛力を高めることで、樹木が健康で生育することができます。
VOL.4 限られた場所で生きる古木クロマツ
代々大切に受け継がれてきたクロマツの枝が部分的に茶色くなっているとご相談がありました。
毎年のメンテナンスを欠かさずされているクロマツですが、部分的な枝枯れを起こす原因は何かを調査しました。
クロマツには菌によるもの、ダニによるものなど、葉色を変える原因はいくつかありますが、長い年月による土壌の原因もあります。
昔はクロマツの移植の際に赤土を根に抱かせて保湿性を保たせていました。しかし、年月が経つと限られた場所での赤土は酸素欠乏を招きます。
クロマツは特に酸素が好きな樹木です。だからこそ、海岸沿いの岩の上でも生きることができます。
逆にいえば、酸素欠乏には非常に弱いということです。部分的な枝枯れは、そのメッセージであると考えます。
根の周りにある赤土を丁寧に取り除き、根の様子を見ます。
太い根が途中で切断されている様子がよく分かります。これは、この地に移植されたときに切断された根です。これで元鉢の大きさが分かります。
その後、小さな根が太根から出て生長していきます。
庭は根が伸びる範囲が限られています。土壌も雨や踏圧により徐々に固まっていきます。これは年月とともに仕方のないことです。
そこで、何十年に一度のメンテナンスとして、土壌の一部を変えることで、新たな根を出すことができます。
盆栽が良い例です。皿鉢の限られた僅かな土壌でも盆栽が生きることができるのは、3年に一度植え替えをしているからです。不要な根を取り除いて、新たに根を出すための更新作業です。盆栽は極度に土壌を減らしているので3年で更新が必要ですが、庭木はもっと長年で考えます。
今回はその兆候が現れたので、土壌の更新作業に取り掛かります。
次に、どういう状態にしたら良いか整理すると
①土壌の赤土を取り除きます。
②改良土を混入します。
③菌根菌の発生を促して生育を助けます。
赤土を取り除いたら、新しく土壌を混入します。
土壌は2つの目的を狙って選択します。
①通気性を重視して、今後雨水や踏圧によって固まることがないこと
②菌根菌が発生しやすい環境を作って共生関係を促進すること
①の通気性に対しては、セラミック化させた土壌を利用し、多孔質であり、崩れないものを主とします。この土壌であれば、何年たっても酸素不足にならないことから、現在の原因は完全に取り除けます。
②の菌根菌は、アカマツとマツタケの関係のことです。菌がマツの根と共生関係にあるため、マツに足りない養分を菌が提供します。クロマツの場合はショウロがよくつかわれます。菌が生育する環境としては炭が良いとされています。
クロマツは症状が現れにくい反面、樹勢回復の結果も出にくい樹木です。
例えば、門松に使用されているクロマツは、枝を切って刺してあるのですが、いつまでも青々しています。他の樹木だとすぐに葉が萎れます。
つまり、しばらくは現状を保つので、切断されたことによる影響がなかなか出ないのです。逆に、枯れ始めたらもはや遅いということになります。
今回は非常に速い段階で異変に気付かれたことで、早く手が打てました。そのおかげで樹勢の回復も順調にできたのです。
現在はその後15年が経ていますが、問題なく生育しています。新たな土壌に新しい根が発根して、沢山の酸素を吸収できています。
クロマツは寿命が300年~400年といわれます。それだけ長い寿命だからこそ、途中で大きなメンテナンスが必要になってきます。
VOL.5 固結土中のシンボルツリークスノキ
高さ20mのシンボルツリーが年々弱ってきているという相談がありました。
確かに、これほどの巨木にも関わらず、向こうが透けて見える程、葉が少ないのが一目で分かります。
もともと球場であったこの場所は、非常に硬い土壌をくり抜いて植えられています。
もちろん植えた当時は、大きな穴をあけて植えてありますが、年月が経つにつれ根は生長します。外へ外へと新しい場所を求めているわけです。
しかし、周りは固い土壌です。大きな植木鉢に植えられているような状態を想像すると分かりやすいですが、これ以上外へ根を伸ばすことができなくなった時点で、衰退がはじまります。
また、広場では毎日多くに人が遊んだり散歩しています。土壌はますます固く踏みしめられているのです。樹木にとっては、苦しい状況です。
根元を調査すると、小さな根が地表面に発根しています。
しかし、この根は不自然です。それは、太い幹から小さな根があらゆる方向に出ているからです。
本来は幹から太い根が外向きに出ます。細い根はその先に出ます。しかし、これ以上先に根が出せない状態となると、仕方なく幹の近くに根を出さざるを得ません。
まさに、この状態が起きています。
幹の近くに出た細根は良い仕事をしません。それだけではなく、下の根と2重の状態を作りますので、下の根は徐々に衰退していきます。地表面は乾燥しやすいため、根を出しても季節によっては枯れてしまいます。何度もこれを繰り返すことで体力が奪われます。
そこで、根が伸びることができる環境を作る必要があります。原因は非常に硬い固結土であることは明白ですので、ここに対して対策を講じる必要があります。
次に、どういう状態にしたら良いか整理すると
①周囲の固結土を改良します。
②踏圧に耐える酸素供給装置を作ります。
まずは土壌改良です。既存の根を極力傷つけないように、今回は放射状環状改良を行います。
これは、根が伸びる方向である放射状に溝を掘り、さらに、根が届かない外側に環境にも溝を掘ります。溝には改良を施します。
こうすることで、既存の根の近くに酸素供給と薄い供給の道ができます。さらに、外側には根が伸びる余地ができます。
この改良でクスノキの樹勢回復を試みます。
また、ここは毎日多くの方が遊ぶ広場です。改良を施しても、踏圧により再び土は固められてしまいます。
そこで、溝に酸素管を埋設して、いつでも空気が行き来できる装置を作ります。
この酸素管は、土木分野で暗渠排水管として使われているものを応用しています。コルゲート状になっているため、曲線に沿わせることができますし、上からの圧力にも耐えます。管には土壌が入り込まないようにシートが貼り付けられているので、空気穴が詰まることがありません。
これで、地上で遊びまわっても、根には常に空気と水を送り込むことができます。
周囲を土壌改良することで完成となります。
半年後、新芽がたくさん吹きました。葉が出始めですので、葉色は少し薄めですが、前の写真と比べると葉量ははるかに多くなっていることが分かります。
今後、新芽が徐々に固まって、濃い色に変わります。
また、根の発根とともに、葉の量も増えていきます。
しばらくはクスノキの根元への立ち入りは禁止しますが、解放後も根には支障がないようになっていますので、息を吹き返してくれます。
メインツリーとして木陰を作ってくれるようなクスノキに復活してほしいと心から願っています。
元球場という特異な場所であることから、かなりの固結土でしたが、樹木は自分の意思で場所を選ぶことができないからこそ、生育環境にその場所を合わせてあげなければなりません。
常に、環境が樹木の生長に適しているかどうかは、樹木の顔色をみて判断してあげる必要があるのです。
樹木医
【プロフィール】
樹木医第1430号
景観アドバイザー
元島根県農林大学校非常勤講師
20代に植木の産地で知られる大阪府池田市で植木の流通に携わる。その後、大阪守口市で造園設計施工の現場監督を務める。その際に、サクラが原因不明の衰弱となり、樹木医に依頼したことがきっかけで樹木医を目指すことを決意。30歳で当時島根県最年少として樹木医に合格。以後、市内各地の樹木治療を行う傍ら、県内各地に景観アドバイザーとして出向いている。
@運営主体 タケダ造園Takeda LandscapingCo.,Ltd.